kondohiのblog

ひろじの個人ブログです

映画

スター・ウォーズの宇宙

ついにスター・ウォーズ エピソード8「最後のジェダイ」が地上波で放送されてしまいました。

特に予備知識を入れていなかった方は、レイア姫の宇宙遊泳にはさぞかし驚かれたのではないかと思います。私も初めて劇場であれを観た時の衝撃はいまも忘れられません。
そっかー…この映画のイマジナリーラインはここに引いてあったのか…と思うばかりです。

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スター・ウォーズはもとより「バック・ロジャーズ」などの科学考証もくそもないパルプSFに熱狂したルーカスの子供心のドリームが詰まった映画でもあったわけではあるものの、うるさいことは言いたくないですがバック・ロジャーズでも金魚鉢をかぶるくらいのことはやっていたのでは…とは思わないわけにはいきません。

と思って調べてみたらBuck Rogersも割と何もかぶってなかったです。そうかそういうことかリリン。


ただ今回のこのアレを見て僕が改めて「すげぇな」と思ったのは、そもそもスター・ウォーズという作品は、一番最初の最初(つまりエピソード4)から「宇宙に空気がある」という描写はなかったということなのです。むしろ宇宙に空気があるという描写はそこら中にあったわけなのです。

もともとスター・ウォーズを最初に観た僕らは、始まるなり爆音を立ててのブラケッド・ランナーと画面を覆い尽くすスター・デストロイヤーのチェイスから始まるというシーンで一瞬で心を奪われたわけですが、当然のことながらこの「宇宙で音がする」というのは当時からこの映画に魅了されたSFファンの間でもさんざネタにされてツッコまれていたわけなのでした。

ルーカスは当時からこのツッコミに対しては「うるせぇな俺の宇宙では音が聞こえるんだよ」という回答を返しており、これに対しても僕らはこれは「このほうが面白いからいいんだよ」という意味であろうとBGMのようなものだと勝手に解釈していたわけなのですが、まさか文字通り「俺の宇宙には空気があるんだよ」という意味だったとは気が付きませんでした。40年の間。

デス・スターの格納庫って、どう見ても吹き抜けでそのまま外に出入りできるんですよね…。
いやぁ僕らはてっきりコレは、あの淵にあるあのピカピカは、空気だけは遮断できるような特殊なテクノロジーを使っているのかな…とか考えていたわけなのですが(そんなものはなかった)。

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ミレニアム・ファルコンの銃座って、どう見てもそのまま外の空間につながってるんですよね…。

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でも僕らはこれだけ目の前に証拠が展開されていようとも「宇宙に空気がある」ということを認めることはできなかったわけです。目から鱗が音を立てて崩れ落ちた思いです。

うん、映画なんてつまらん考証抜きで、面白けりゃそれでいいんですよ! 面白ければね…。

映画「刀剣乱舞」を観ました

ゲームの方にはまっている腐女子のみならず耳に入ってくる無関係な男子からの評判もすこぶる良いので、何度目かの女房と一緒に観てきたのですが、なるほどとても良かったです。

とても丁寧に作られた映画だなと思いました。

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自分は刀剣乱舞についてはドハマリしている人間が家の中に1人いるものの(笑)、基本は我関せず好きにすればという感じで一応「刀剣の擬人化」という程度は知っているという程度の人間です(正確にはリリース時に3日くらい遊びました)が、まあそのへんの不足は何も関係ないというかそれで十分。

あとは「本能寺の変のあたりの簡単な日本史」を基礎教養として持っていれば、まずは十分でしょう。
つまり標準的な現代の日本人であれば、この映画はほぼ楽しめるのではないかなとも。

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正直なところ自分は「刀剣の擬人化」は知っていたものの耳に入ってくる「時間遡行軍って何だろう…」程度にも何も知らなかったのですが、なるほど腑に落ちた感じ。
「歴史改変」とそれを阻止するというのがテーマだったのですね。




重要:
ツイッターとかでこの映画のネタバレをする気はまだ自分もありませんが、自分の感想ブログなのでそこは触れることにするものの「さすがに観てない人は多分まだ知らないで観たほうが面白いよね」な点についてはうっかり目に入らないよう白文字にして書くことにします。
ぼくは観た人と自分の感想を共有したいので、観てないひとはここでさようなら。




では始めます。



まあ歴史改変と本能寺の変(と言えば信長があそこで死んでいなかったら云々しかないわけですがw)というすでに日本で1万回は物語になっている題材から、するすると話に入っていけます。
このはじめての方にも安心な話づくりはなかなか快いのです。

話は基本、ここで歴史改変を行おうとする「敵方」に対して、それを阻止して本来の歴史通りにしようとする「主人公側」の刀剣男士チームの視点で進みます。
そもそも何で敵方が歴史改変をしたいのかは正直今でも自分はよく分かっていないのですが(笑)、それはそれとしてこの方針と対立の構図は分かりやすく、敵を含めたそれぞれのキャラの心の動きや行動も視聴者に違和感を感じさせることなく進んでいきます。1人(厳密には2人)を除いて。

というよりも、この映画の脚本の仕掛けとして面白いなと思ったのは、話を主導する三日月宗近の行動だけが「謎」を含めて話が進んでいくというあたりですね。とはいえ主人公が共感できない行動を続けるのではなくあからさまに「ここ隠してます」と話が進むのでその点での観客おいてけぼりなストレスはまったくありません。これは本丸でのごたごたを含めて同じ。

この流れで話はするする進むので、勝竜寺城での展開もストレスなく進みます。

その一方で秀吉の一連の行動はとても自然なもので、敵味方のさまざまな思惑を含みながらも話は安土城のクライマックスにつなげるべく流れていきます。というよりも僕は「これって仮に刀剣男士と時間遡行軍が何も介入しなくても安土城で会ったら秀吉は信長を殺すよなあ」と本編に先回りして気がついたわけなのですが、おそらくこれは本編を観た観客は等しくそう思うのではないでしょうか。言うまでもなくこれは信長の訃報を聞いた時の秀吉の泣いた後で気がつく八嶋智人の名演と演出の勝利。観客に「おれって頭いい」とも思わせるこころよい流れ(笑)。

その流れでの安土城での活劇については、基本は心ゆくまでイケメンたちの剣舞を楽しめる展開で、これはもうお好きな方にはたまらないのではないかという絵。とはいえズタボロになった三日月宗近が薬を一服しただけで全回復するのは「これって課金アイテム?」というツッコミの心を押さえるのは少々難しかったのでした。

あと、やはり述べておきたいこの映画の最大の(ネタバレを避けたい)トリックとしては、これは三日月宗近の行動の謎にもかかわる話だったわけですが「この映画での『正しい歴史』というのは僕らの知っている歴史ではなく信長が安土城で死ぬという歴史」ということだったわけですが、これは読めなかったので「あっ」と心の中で声を挙げてしまいましたよ。歴史改変ものというネタを逆手に取り、そしてその流れですべての登場人物のセリフが符合した脚本。お見事。

続くラストの本丸決戦は、まあここでも新メンバー加入という一幕(これも伏線の回収)があり、まあ無難に収めた感じ。この映画の地味にスゴイところは、きっちりすべての伏線を回収するうえ、回収するところではあらかじめそのシーンを流すという親切設計にもあるのですね(笑)。

あとは審神者の交代という本丸イベントを無事に終えて綺麗に終了。
ところで審神者と言えば言うまでもなく腐女子プレイヤーのことでもあるわけですが、この映画の審神者登場のシーンでしばしば大写しになったあのペンダントは当然ながら公式グッズで出ているのかなぁと思ったのですが、え、ないの?(笑)

ともあれ、大変よくできました。
いやあ映画って本当によいものですね。











本編には関係がないのですが、本編を観る前の予告でカップルの彼女が謎の病気で死ぬ別々の映画の予告編を3つやったというのは「邦画ってクソ」と思わせるに十分なエピソードでしたが、本作のような良作を観ると、邦画もまだまだ捨てたもんじゃないねと思いました。

スターウォーズエピソード8「最後のジェダイ」を観ました

ミャンマーに居る関係で半月遅れで、やっと日本で日本語つきを観る事ができました。

40年来のスターウォーズ大好きっ子な自分としては、この映画、公開直後から酷評するひとが普通に散見され、さらに「賛否両論」と話題を呼んだものの、ネタバレのない範囲でそれらを読む限り「絵」についてはまあ絶賛を含めてそこそこ褒めているひとも居るものの脚本について褒めているひとがゼロであるという驚くべき状況であったため、非常に期待しつつ元旦に吹き替え版を観に行きました。


…鑑賞終了。
さすがにここではもうネタバレを気にすることもなかろうと思われますので、好きなように書きます。
ネタバレが嫌いなひとはここで読むのを止めてください。では始めます。











自分の総論としては、まず賛否以前にびっくりしました
まさかこんな脚本をスターウォーズで目にするという目の前の事実がちょっと信じられませんでした。エピソード7やローグワンのgdgdぶりがかわいく見える脚本。エピソード6を観てボバ・フェットのへっぽこな死にっぷりに「あー」と思ったことなど本当に瑣末なことに感じる雑な展開。ジャージャー・ビンクスに怒ったことなど本当に良い思い出。
なんというか従来のスターウォーズのいい加減な脚本のK点を軽々と超えてしまった感じです。



そしてまた意外なことに、コレは僕の予想よりもはるかに面白い映画であったと言えます。
まあその面白さの質が、従来の僕がスターウォーズに求めていたようなワクワクするような冒険譚じゃなくて午後ローのサメ映画のような面白さなんですけどね(笑)。
ぼくは中盤以降の超展開に、爆笑するのを堪えつつ肩をフルフルさせながら観ていましたよ、ええ。

この映画を観て怒ったひと、基本的にあなたは正しい。
でもまぁ怒っても仕方のないことって、世の中にあるよね。





…じゃあそろそろ、記憶に頼りつつ観ていたときの僕の気持ちをつらつらと述べる各論に行こうと思います。ところどころ記憶が怪しいのでシーンは前後しているかも。





まず冒頭の戦闘から。
基本は無茶をするポーが無双しているだけの展開が、さほど爽快感なく続きます。
そして指揮系統も作戦もくそもなく「戦艦を落とせるチャンス」とばかりに爆撃隊が全部出動。
ローグ・ワンで反乱軍が先行する主人公たちを追って将軍らが続いて全軍出撃したときに「ちょ…それ下手を打つと全滅もあるよ?」とか思ったことなど、かわいい展開。

そして爆撃機がほとんど撃墜されたりもたくたしている中、リモコンに手を伸ばすのにもたもたしながらも(唯一の操作系がアレ?バックアップ系ないの?)一隻がスイッチを押すのに成功。
そしてボーリングのボールがざざざーと数十個、戦艦に向けて自由落下します。
うんまあ、スターウォーズの世界って無重量の描写って、基本的にないよね…。
そしてボーリングのボールが着弾すると、ぼこぼこ爆発が起こって戦艦が全壊。なんか火薬の量とかスケールとか無視してません?
この時点でいまいち乗り切れない自分。



そして島に画面は切り替わり、レイとルークの話がしばらく。ここはどうでもいいので送ります。



そして再び宇宙戦闘に入ると、反乱軍の艦橋が被弾してレイア姫が…あー、まあキャリー・フィッシャーはもう退場するとは思ったけど、こんなところでお亡くなりになるのか…とは思っていました。



そして島。


そして宇宙。宇宙をぷかぷか漂うレイア姫がまだ生きていたどころか、宇宙をひゅーんと飛んで仲間の所に帰るという超展開。
さすがに自分はここで盛大にずっこけて、なんか頭の中でスイッチが切り替わる音がしました。

そっかー…この映画のリアリティ・ラインはここに引いてあるんだー…。
うん、そういえば、スターウォーズって、一番最初のEP4から、宇宙が真空であるっていう描写はどこにもなかったよね…。
むしろ宇宙空間でバンバン音がしていたよね。
デススターから外の空間に吹き抜けで宇宙船がバンバン出入りしていたよね…(あれは何か空気だけ遮断する超テクノロジーを使っているのだと思っていました…うん…)。




レイア姫は生還したものの昏睡状態で、指揮権を穏健派のオバちゃんがとります。首置いてけ星人いくさ馬鹿のポーは不満顔。
そして反乱軍の残りはこの船にいる400名ほどらしいという絶望的な状況。

反乱軍の船はハイパースペースへ逃げても追跡されることが判明したため、燃料を節約するためこのまま通常航行で戦艦を振り切るべく、とろとろと移動することになりました。
そして律義にそれをとろとろと追う戦艦とのゆったりしたレースの始まりです。
あのー…反乱軍にリソースがないのは分かりましたが、ファースト・オーダーには他のリソースがないのでしょうか…別の戦艦1隻なりを奴らの進行方向の手前にハイパージャンプさせればそれで終了なのでは…。よくこの脚本通したなぁ。

誰が見てももう無理ぽな状況のところで、フィンは自分だけトンズラしようと試みますが、そこを反乱軍のソウルを持つエンジニアのクリーチャーに発見され、すったもんだの末にそのクリーチャーと黒人の凸凹コンビが成立しました。
以後、この映画はこの凸凹コンビがメインで話を引っ張ることになります。




反乱軍がこのように「燃料切れまであと〇時間」という息詰まるレース(笑)を繰り広げている状況におかまいなく、レイは島でゆったりと修業をしています。
瞑想中にカイロ・レンと「君の名は。」ごっこをするのも忘れません。



凸凹コンビは、ハイパースペースを通しての追跡を行うファースト・オーダーの技術を作動不能にすることを企画して、その技術を持つハッカーを探しに行くことになりました。
これEP4でトラクタービーム切断をしたオビワンへのオマージュなのかな…というのはともかく、ハッカーというのは何でもできるというのはハリウッド映画のお約束。みんな知ってるね。
TV電話でEP7で登場した眼鏡っ娘(生きてたんですね)からハッカーの情報を得る凸凹。ぼくはこの眼鏡っ娘の電話のカメラをいったい誰が持っていたのかが気になってセリフに集中できませんでした。
それはともかく、その凄腕のハッカーというのはカジノ惑星にいて、胸にナントカの花をつけているのが目印だということでした。この忙しいのに凸凹コンビはカジノへ向かいます。
胸に花ってあんた…これ「待ち合わせ」のときの目印じゃないのに、そいつは1年中じぶんの服の胸に花をつけてカジノに居るっていうことなんでしょうか…。
ていうか、多少の目印があろうともいまの地球のラスベガスやマカオの市内で知らない人を探すのも「無理でしょ」と思えるのに「カジノ惑星」からそれで捜索しますか…惑星どころかカジノホテル1軒のフロア内で人探しをやるようなスケール感。



修業中のレイは何かよくわからない暗い所に落ちてアレコレします。てっきりこのシーンでは、奥にダースベイダーの格好をしたレイ自身が待っていてそれと戦うというEP5のオマージュをやるシーンだと思ったのですが違いました。意味あったのかこのシーン。
レイはカイロ・レンに会いに行くことにしました。



えーと、この辺でみんなの好きなアクバー提督が、死に際のカットすら見せずに「死んだ」とだけ聞かされてお亡くなりになっています。



そしてカジノ惑星。
凸凹コンビはドタバタしながらカジノで胸に花をつけた男を探します…がホントにそういう格好の奴が居ましたよ。
このカット、カジノの中で一張羅をきて胸に花をつけているキザったらしい二枚目っぽいおっちゃんとそれを囲む美女みたいな、パイレーツ・オブ・カリビアンにでも出てきそうなあまりの安っぽい絵に思わず失笑してしまいましたよ。
さすがはディズニーの作るスターウォーズ。フォックスのスターウォーズとはひとあじ違います。
そして凸凹はこのおっちゃんに仕事を依頼する前に捕まって牢屋に放り込まれます。

そして凸凹が放り込まれた牢屋の中に先客が居て、しかもそいつも凄腕のハッカーであったという小学生が書いたような脚本です。この際だからとコイツに頼む凸凹。
キザ男ハッカーを紹介した眼鏡っ娘の立場がありません。
ここでどうぶつ大行進を行ったうえで3人は盗んだ船で惑星カジノを後にします。



レイはカイロ・レンに会い、そして一緒にスノークの所に行くことになります。
EP6の終盤を思い起こさせる対決ですが、スノークは手からビリビリ光線でなくテレキネシスの使い手であったようでした(敢えてフォースとは言うまい)。
頼みのライトセーバーも奪われてしまいました。
レイを拘束したうえで、レイの過去をねちねちと言葉攻めをするスノークです。



凸凹はハッカーの助けで敵の戦艦に侵入し、追跡装置の無力化を試みますが、結局のところハッカーの裏切りで捕まってしまいます。何がしたかったのかこのハッカー。
そして捕まったフィンの前に現れたのはキャプテン・ファズマ。
前作の「フォースの覚醒」では自分の命惜しさに銃を突き付けられただけで一行をノコノコと大事な部分まで案内して、スターキラーを崩壊させることになったA級戦犯です。
あれで失脚しないとか本当に人材不足なんですねファースト・オーダー。



そして謁見の間。
ドヤ顔で言葉攻めを続けるスノークの横でカタカタと動くレイのライトセーバー。
えっ…まさかこれだけのトリックで…と思う間もなく次のカットではスノークが胴体をぶった切られてあっさりお亡くなりになりました。
さようならスノーク。僕は貴方のセリフは吹き替え版では是非とも広川太一郎の声でおフランスのざぁます言葉で喋って欲しかったと思いました。



一方で反乱軍側は、こののんびりレースから脱出するだのしないだのという仲間割れ。
ポーがおばちゃんからクーデターで指揮権を奪うも、レイアに鎮圧されるなどのドタバタ。
結局のところ、おばちゃんは他のみんなを逃がすために単身で敵艦に突っ込みます。
神風特攻の自己犠牲を肯定するのかしないのか、どっちだ。
しかし結局のところ、凸凹コンビがカジノに行って半分くらいの尺を使ったのって、まったく意味がなかったんですね…。



そして凸凹のピンチは、凸凹コンビの居る格納庫が爆発することで救われました。
あの場に百人は居たように思えるトルーパーが次のカットでは全員いなくなっていて、キャプテン・ファズマだけになっている逃げ足の速さです。
そしてキャプテン・ファズマとのバトルの末に、キャプテン・ファズマは落下していく最中にマスクの間から睨みつける目だけを見せて炎の中に消えました(さすがに死んだと思う)。
…うーんこの。キャプテン・ファズマといえば、エピソード7で女性高級士官でありながらへっぽこという記号からは、これはもうくっころ要員にしか見えなかったキャラなので、ここはもうちょっとその、せめて死ぬ前にマスクが外れて長髪の金髪ばさっの美女顔を見せるとか、その。
僕らの行き場のない萌え心が残念。



結局、反乱軍は惑星ナントカに降りて籠城をします。
偽装も何もできていないので逃げ込んだのがバレバレで、そこにファースト・オーダーが地上部隊を下ろします。
脱出口も確保できていないのに籠城を決めるとは反乱軍さすがの無計画ぶりです。

ここで地平線にずらっと展開するAT-AT部隊というEP5を思い出させる「ああ、この絵を見せたかったんですね」がよく分かる内容。まあ絵的には嬉しいので許可します。
そしてレイがファルコンで戻ってきてのサービスバトルもあり(レイがどのようにして敵艦からファルコンで戻ったのかのカットがなくて繋がってないと思うんですが…)。

反乱軍が籠城する扉を破壊すべく、ファースト・オーダーが何やらでかい砲を持ち出してきます。
あれは「小型のデス・スター」とも言えそうな火力らしいのですが、そうですか。

そしてフィンがおんぼろのスピーダー部隊を率いてそれを何とかしようと試みるのですが、正直なところこのカットではフィンたちが赤い染料をまきながら飛んでいることの意味がよく分からなくて話に集中できませんでした。
このへん、町山さんなら「コレにはこういう意味が」「あのスピーダーが〇機だったのにもこういう意味が」とか解説してくれるのかなー。
まあとりあえず、そういう絵が撮りたかったんだろうなあという理解にとどめておきます。

そしてフィンは、何とかしてあの砲を封じ込めようとおんぼろスピーダーでバンザイアタックを試みます。観客が「あ、これは死んで大砲を壊すな」と思わせるカット割りの後で、横からクリーチャーが操る機体がフィンの乗機に体当たりしてフィンを救います。
…もっとも結局は壊せなかった大砲も、反乱軍の居る山ごとを吹き飛ばすような火力でもなんでもなくて、ちょっと扉を焼いただけという、うーんこの。

そしていよいよ、この映画の最大の見せ場であるルーク・スカイウォーカーの登場です。
普通の映画ならここで「あんたいつの間にココに来たんだ」という突っ込みが入るし実際にそれに対する回答も(珍しく)あるわけなのですが、もはやこの映画をここまで見た我々はその程度の脚本の穴は気にならず、ただ先行きを見守ることになります。



一方、気絶から覚めたフィンは、自分に機体をぶつけてきて自分を救ったクリーチャーを探します。
フィンはほどなく発見できたクリーチャーを起こして、言葉を交わした後に熱いベーゼを交わします。
…思いっきり悪いけど、ちょっとこの絵では、華がなさすぎて、つらい
ぼくは最近のハリウッド映画が中国をターゲットにする関係で中国要素を露骨に入れるのは必ずしも否定しないんですけど、もうちょっとその、この役はそれこそジン・ティエンあたりの美人女優じゃダメだったのかなぁと思うのです。中国のひとこれを見て嬉しいのかなぁ。




そして皆の前に姿を現すルーク・スカイウォーカー。
最前線に出ているカイロ・レンはただちに「撃て撃て撃てー!」と全機に命じて、ルークに火力のすべてをしばらくぶちこみ続けます。
普通なら肉片も残らない火力ですが、噴煙がおさまった後には、やはり健在であったルーク。
正直なところこのシーンでは、カイロ・レンなり下級士官なりに「…やったか?」と喋らして欲しかったと心の底から思います。
こういう所で微妙にカタルシスが得られないこの映画。
個人的には日本アニメへのオマージュとして、ルークが光球に包まれていて欲しかったですね。



ルークが時間稼ぎをしているうちに、一行は早々にここを放棄して脱出することにしました。
脱出ルートを確保しての籠城でもなかったので、どうぶつ頼りの行き当たりばったりです。



そして無傷のルークと、降り立ったカイロ・レンが問答。
問答に負けたカイロ・レンはルークをサーベルで胴体をまっぷたつにぶった切りました。
確かに上下がまっぷたつに切断されたはずの信長公はそれから秀吉にゆっくりお茶を入れてから絶命この平然と立つルークはナノマテリアル製ルークが見せた幻影でした。
おちょくられるばかりのカイロ・レン君のメンタルはもうズタズタです。



そして最後の仕事を終えたルークは、島で美しい夕陽を仰ぎながらここでほんとうに絶命します。
ぼくの友人が「いろいろあったがこのシーンで何となく許す気になったが思い違いかもしれない」と言い放った名カットです。



そして反乱軍の残党はファルコンで脱出します。この映画だけでも400人がファルコンに全員が乗れるほどに減ってしまった反乱軍。
でもそんな一行を励ましてレイアが「仲間はまだ大勢居る」という言葉。
ていうか、てっきり中のひとの事情から、レイアは本作でお亡くなりになると思ったので、この点だけはいささか意外でした。EP9でもCGで出るのかなぁ。


そしてラストカット。
カジノ惑星の厩舎の少年が、しみじみ夕陽を見つめます。
どう見てもルークの種が入っていると思しき顔立ちの子役を見つけてきたのですね。


そして2年後のエピソード9に続くべく終劇。

















脚本家を校舎裏に呼び出して締めたいですね。まあ監督なんすけど。

「最初に父が殺された」を観ました

「KUBOのDVDでも置いてないかなー」と思ってミャンマーのDVD屋を漁っているときに、ジャケットのインパクトに思わず手に取りました。

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原作やこの映画の存在自体を知らなかったのですが、ジャケットの英語を読むだけでポル・ポト政権のカンボジアの話だというのは分かったので、そのままレジに持っていきました。

※ミャンマーは著作権無法国なので、これもしっかりした造りではあるもののコピー品で、タダみたいな値段(150円くらい)です。

もちろん日本語など入っておりませんが、セリフがカンボジア語であるため詳細な英語の字幕が入っており、背景についての予備知識もまあ十分だったので、話の筋を追ううえで苦労はしませんでした。
まあ、一部不明だったところを他のブログとかを読んで補完しましたが(笑)。

基本的にはネタバレしてますので、それが不満な方は読むのを止めてください。
まあ後半も含めて基本的なあらすじは、予告トレイラーでも分かるわけでもあるので。

10日前に見た記憶で書いているので、もしかしたら一部シーンの順序が違うかもしれません。

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映画は、基本的に主人公の少女の視点ですべてが描かれます。

映画の冒頭は、それなりに裕福であることが伺える家に住んでいる、5歳の少女の家族たちとの食事のシーンから始まります。少女の家のみならず、プノンペンの市街も大勢の人々の笑顔とモノで溢れています。
これから起こることを知っている観客としては、この時点ですでに心がざわざわします。

そしてTVでニュースが流れ、ほどなくクメール・ルージュの軍がプノンペン市内に入ってきます。
さらに「これから外国軍が来てここが戦場になる」という名目で、市民は全員強制的に疎開を命じられました。このときは「3日で戻れる」という触れ込みでした。
同時に疎開する方とは別に、一部の方が軍人らに追い立てられ怒号を浴びせられながら一ヵ所に集められたりもしていました。あくまで少女の視点なので、彼らが最終的にどうなったのかは映画では描かれません(背景を知っている方であれば、もちろん分かってますね)。

そして父が旧政府の役人であったというクリティカルな事実があったことから、父は身分を偽りつつ家族で疎開することになり、これにはいちおう成功しました。
多くの市民がぞろぞろと徒歩で疎開ルートを歩くなか、トラックに全員を乗せて移動する少女の家族でした(=裕福さの表現)が、やがてほどなくそのトラックは軍に徴発され、少女の家族も徒歩で移動することになりました。

さらに軍による検問がありました。検問の過程で、知らない男が泣き叫び哀願しつつ軍に引き立てられていきます。どうやら旧政府の関係者のようでした。父も正体がばれたら同じ目に遭うのでしょう。
そして家族の検問では、担当の軍人が父の腕時計に気がつき、それを嫌も応もなく没収します。もちろん父には反論や抵抗などできず、言われるままに差し出します。そして腕時計を手にした軍人はにやりと笑って「いい時計だな」のひとこと。「ぜったいコレって、コイツが自分の懐に入れて私腹を肥やして終わるだけやがな!」と観客がよく分かる腐敗ぶりの演出でもあります。
そして家族は検問を通過したものの、再びぞろぞろと歩く矢先の少女の耳に「ターン!」という銃声が1発聞こえ、大勢の鳥がばたばたばたと飛び去るシーン。何も説明やそれ以上の描写はないものの「あ、さっきの男が殺されたんだな」ということが誰にでもよく分かる演出。「こいつらは平気でひとを殺す奴らだ」ということもよく分かる演出。

この映画、あくまで主人公の少女の視点ですべてが語られるのですが、こういう見えない所で起こっていることを観客に分からせるための演出がものすごく巧みだと思いました。
クメール・ルージュがカンボジアでやったことを予備知識として知ったうえで観るのが普通でしょうけど、そのへんをあるいは何も知らずに見ても、物語に入ることは普通にできると思います。

そして再度の移動。父に子供が「ねぇ3日で戻れるって言ってたよね?」とか愚痴るシーンに、心が締め付けられます。それはパパを責めてもどうにもならないことなんや…。

道を行く一行の前に、向こうからロバ車を引く男。主人公の伯父のようでした。徒歩移動からロバの引く車に乗ることもできて、少しだけ明るい展開に。
しかし伯父の村で久しぶりに屋根の下で眠れた少女の耳に、父と伯父の会話が耳に入ります。この村はクメール・ルージュ派であり、村に住むには村長の許可が居るが父の過去がばれたら危険、ということでした。
翌朝、家族は再び村を出て移動することになりました。

一応は遠い祖母の村を目指すというプランもあったようでしたが、結局は果たせず、家族はクメール・ルージュの運営する村に入ることになりました。もちろん父は身分を偽ります。
入村に伴い、基本的には私有財産の否定というクメール・ルージュの教義のもと、父の財布の中の現金すべてをはじめ、ほとんどの服や私物は入り口で没収されました。冒頭から心を締め付けられながらだんだんと色々なものを失っていった家族の旅は、ここですべてのモノを失ったことで一応の終着点に達したわけですね。

入村に伴い、まずは自分たちの家を建てることからスタートし、そしてここからは強制労働の農業生活がスタートすることになるわけです。もちろん5歳の主人公にも重労働が課されることになります。

ただしそこに入る前に重要なシーンがあるので、このことにも触れなければなりません。
村での集団生活を始めるに伴って、指示された母親に命じられるまま、主人公らは自分たちのすべての衣類を濃緑色に染めることになるのでした。主人公のお気に入りだった服も、嫌々ながら濃緑色に。
ここで少女による冒頭でのプノンペン市での回想が入ります。赤や白や黄色や、色とりどりの衣服や食べ物に囲まれた笑顔の絶えない街並み。
もちろんこれは「それらはもはや失われた」ことを意味するわけですが、クメール・ルージュはすべてのモノだけでなく色彩までも奪ったというのがここでのポイントですね。
これからしばらく、全員が同じ濃緑色の服を着て、同じ紅白チェックのタオル(これは支給されたのでしょう)を巻いて集団農業労働にいそしむシーンが続きます。あぜを掘るとか、田植えとか。

あと、粗末な食事(皿に薄く盛られるだけのスープ)とか、5人の姉妹の年長組が別のキャンプに移されたりとか、姉が病気(食中毒らしい)で死ぬというエピソードが続きます。
姉の病死は、最初にそれを知らされた主人公が、医療テントのベッドに寝ている姉とそれを泣きながら看護する母のシーンを見た少し後で、今度は農作業中の主人公が遠目に作業中の母を発見→母に誰かが近寄ってきて耳打ち→泣き崩れる母、という例によって「控え目に直接描写は避けるが何があったか分かる」演出です。

そしてある日(休日でしょうか)、家で過ごす家族の前に軍人2人が、父を呼びつけます。
「仕事を依頼したい」という触れ込みでしたが、相手の雰囲気からその意味するところを悟った父は、主人公や母との別れをしばし惜しんでから、せきたてる軍人2人と一緒に家からとぼとぼと歩いて森のほうへ去りました。その後ろ姿が、主人公が最後に見た父の姿であった…というわけですね。

その後で、主人が見る「悪夢」として、父が軍人に殺されるシーンというのが流れます。もちろんそんなものを主人公が実際に目撃したわけはないので、これは主人公の想像あるいは悪夢だということなのでしょう。
やや蛇足目なシーンと思えなくもないですが、まあ事実も多分そうなのでしょうし、主人公がそういう想像をしたのは事実、ということで。

娘と父を失った母は、子供たちをこの村から逃がすことを決意したため、ある夜に主人公と兄と姉の3人に、ここから3人は別々の方向に逃げろ、孤児と偽って孤児キャンプに入れという指示を出します。支度(家族の写真を持つなど)をして夜に村を出る3人。
途中の分かれ道で兄と別れ、姉と孤児キャンプに入る主人公。なおこの時点で主人公が7歳、つまり2年経過していることが明かされます。

このキャンプももちろんクメール・ルージュの支配下にあるわけですが、前の村よりはだいぶ裕福であり(食事の量が明らかに多いという演出あり)、また教育なども行われていました。
そしてその後、主人公は少年兵を育成するキャンプに移されることになりました。
ここから主人公が軍隊の教練を受けるシーンになり、槍で人形を突いたり、銃の扱い方を覚えたり、トラップの仕掛け方を教わったり、地雷の埋め方を教わってそれを実際に敷設したりすることになります。かなり優秀な軍人として成長しているように見えます。
思わず「えええええ」と思うような展開で、なんか別の映画を観ているような気分でした(でも事実なんだよねこれ)。

それから主人公は休暇を貰ったらしく、来た道を戻ってかつての村に戻ったものの、村全体が荒廃しており、かつての自分の家にも母と幼い妹は居ませんでした。残っていた近所の人によれば、どこかに連れていかれたそうでした。かつて持っていた人形だけが家に残されていました。

そしてある夜、主人公たちの少年兵キャンプがベトナム軍の夜襲を受けます。キャンプを捨てて散り散りになっていく主人公たち。しかしそんな混乱の中で、姉と、そして別れた兄とも再会できました。
正直このときは「生きてたんか、兄ちゃん!」と思いました。

3人はそのまま、他の難民とともに、ベトナム側の難民キャンプへ入りました。主人公も難民キャンプの子供たちに混ざって、強制労働も軍事教練もない、笑顔で遊ぶ子供としての生活を送ることになりました。

(ここからが映画のクライマックスと言える展開です)

しかし今度は、昼日中にそのベトナム難民キャンプがクメール・ルージュ軍の襲撃を受けることになりました。もちろん武器を持つわけでもない主人公も、他の子供たちと一緒に逃げるだけです。
そして撃たれてばたばた死ぬ周囲の子供たち。そして主人公は、こちらに向けて銃を構える少年兵の姿を遠目に見ます。ちょっと運命の歯車が違えば主人公もあっち側に居たのだということを思わせないわけにはいかない、胸を締め付けられる演出です。

そして主人公は銃撃を避けて走って森に入るのですが、ふと、あることに気がついて足を止める主人公。
そしてそろそろと足元を確かめながら一歩ずつ歩く主人公。
そう。ここにはクメール・ルージュが地雷を仕掛けている可能性が高い…というか実際に仕掛けていたのでした。

ここから続くシーンの壮絶さは、悪い言い方をすれば「この映画の最大の見せ場」と言えなくもないので、是非ともご自分で観ていただきたいとは思います。
(↓ネタバレ部分は、テキストの色を変えてあります)

まあネタバレしてしまえば「ゆっくり一歩ずつ歩く主人公からカメラがズームアウトしていくと、そこでは周囲の人間が走りながら次々と地雷を踏んでのたうち回る地獄絵図」が展開されるのでした。

そして死地を脱した主人公は、無事に再開できた兄や姉と、別の難民キャンプに入りました。

主人公はキャンプで捕らえられたクメール・ルージュの兵士が群衆に殴られているのを目撃したり(ただしリンチ殺人には至らなかったようでした)、キャンプの医療テントで出産が行われるのを目にします。
そしてまた、さらに先立って分かれていた上の兄2人とも再開できました。
全般に「未来への希望」を感じさせる流れで、この映画もエンディングに向かいます。

そしてラストシーンは、何十年かが経過して、寺院の前で祈りを捧げている中年女性になった主人公と4人の兄姉たちというシーンで終わります。

※このカットの女性は、実際の原作の著者、つまり体験した本人が出演したらしいですね。

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…という映画でした。2時間超えの映画でしたが、観る者にストレートに響いてくる造りに、観る価値はあったなと思いました。やるな、アンジー監督。
ここまで読んで興味を抱いた方には、お勧めできると思います。
劇場公開でなくNetFlixで観られるようです。

あと、エンディングクレジットによれば、日本語吹替版が存在しているようですね。
※もちろんミャンマーで売っている海賊版DVDにはそんなものは収録されておりません。







さいごに。


映画紹介のページなどで、この映画が「ホラー」映画のカテゴリに分類されているのを目にして「…いや、さすがにちょっと違うんじゃね?」という気持ちでいっぱいになりました(笑)。

「ドリーム」を観ました

昨年末に米国で公開されて大ヒットし、日本では9月公開が決まった本作。

マーキュリー計画を描いた作品なのに配給から「ドリーム 私たちのアポロ計画」などという観客を舐め腐ったスカタンな邦題をつけられて非難轟轟になり、最終的に邦題が「ドリーム」となった本作。

…という事前情報を得ていたので、これは公開したらぜひ観たいなあと思っていたのですが、帰りの飛行機の中で吹き替え版をすでに配信していたので、これ幸いに鑑賞しました。

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「ヒドゥン・フイギュアズ(原題)」というタイトルに苦笑。

さて肝心のこの映画の内容ですが…今回のタイトル騒動から、マーキュリー計画を描いた映画なのだということは分かっていたもののそれ以前の予備知識はほぼナシで自分は臨んだわけですが…このためいささか驚かされました。

これは映画を観る前の予備知識として知っておいたほうがいい話(というか宣伝でも使われる情報の筈)だと思うので書くのですが、この映画は「ドリーム」なんていう勝手につけた邦題が想起させるような、マーキュリー計画を成功させるエンジニアの「夢」を実現できて良かったですねというような甘っちょろい話では全然ありません。
(一切のネタバレが嫌なひとはここで読むのを止めてください)













これは最初から最後までフルスロットルで黒人差別を描いた映画です。ええもう冒頭で3人の乗る車が故障で止まるシーンからフルスロットルで黒人差別。「二ガー」も連発。


基本的にはマーキュリー計画を成功させるために、この3人の優秀な黒人女性が、NASAですらも色濃く残る黒人差別に苦労しながらそれをひとつずつ外していき、認められていくという話です。
もちろんラストは(さすがに書いてもいいだろう)「マーキュリー計画が成功して良かった」という形で綺麗にまとめているわけなのですが、そちらは別に本題ではないとしか言いようがなく。

この映画で色濃く描かれているのは、「人類の夢」(正確には米国の夢)のマーキュリー計画に参加しているような、僕らがNASAの「一流のエンジニア」として認識しているような方々は、その心も黒人差別のような非科学的な迷信には決して寄与しない方々…ということではまったくなく、むしろ逆にそのような方々でも息をするように黒人差別をしているということを、これでもかこれでもかと描き続けます。

彼女らがそのようなNASAでそれと闘い、それを克服することができるのは、ひとえに彼女らが「かけがえのない優秀な知性と技術」を身に着けていることが誰からも明らかな状況であり、かつ「マーキュリー計画」というものが、当時明らかに宇宙開発でソ連に後れを取っていたアメリカとNASAにとっては絶対に成功させねばならない計画であり、そのうえで「彼女らを用いない」などという悠長なことを言ってる余裕はどこにもないから重用されただけの話である、とも言えます。
もし余裕のある状況や組織であれば、彼女らを採用せずに平気で排除して「これは差別ではない区別だ」とでも言うのも明らかであったりもします。基本、そういう映画です。

ただしWikipediaを読んで、このNASAの黒人差別の描写は事実よりはだいぶ誇張されていることが分かりました。やはりNASAに勤める一流エンジニアのような方々はたぶん南部の平均的な方々よりは「だいぶマシ」な知性を持っていたと思われます。

そうした「差別と逆境を克服して成功する」という話ですから、これは普通に宇宙開発の予備知識がほとんどあるいはまったくない方々でも、それなりに楽しめる話であると言えますし、実際、素直にお勧めできます。
ぜひ機会があれば観にいってください。




とはいうものの、この映画を全力でプッシュできるのは、やはり宇宙クラスタと言える方々に対してでしょう。
テーマは黒人差別ですが映画そのものはマーキュリー計画を描いているものなので、細部のディテールがいちいち快いのです。
ことにこの映画で中心に扱っている技術は、NASAがロケット打ち上げと回収という困難な計画を達成するために必要な無数の技術のうちの軌道計算なのです。いわゆるハードウェア寄りの話や他のサイエンスの話はほとんど出てきません。
おそらく僕がこの映画を観て欲しいと思うひとは全員これを聞いただけで即座に観にいくと確信しているのですが(笑)、NASAの計算センターで多くの方々が手計算を行っているところから、IBMのコンピューター(もちろん部屋一杯のサイズのもの)を導入するも使用するために苦労する話とか、でかい黒板に延々と方程式を脚立を使って書いていくところとか、もう観ていて脳汁出まくりですよ。

普通にお勧めできますが、宇宙クラスタには絶対のお勧めの作品です。
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