「KUBOのDVDでも置いてないかなー」と思ってミャンマーのDVD屋を漁っているときに、ジャケットのインパクトに思わず手に取りました。

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原作やこの映画の存在自体を知らなかったのですが、ジャケットの英語を読むだけでポル・ポト政権のカンボジアの話だというのは分かったので、そのままレジに持っていきました。

※ミャンマーは著作権無法国なので、これもしっかりした造りではあるもののコピー品で、タダみたいな値段(150円くらい)です。

もちろん日本語など入っておりませんが、セリフがカンボジア語であるため詳細な英語の字幕が入っており、背景についての予備知識もまあ十分だったので、話の筋を追ううえで苦労はしませんでした。
まあ、一部不明だったところを他のブログとかを読んで補完しましたが(笑)。

基本的にはネタバレしてますので、それが不満な方は読むのを止めてください。
まあ後半も含めて基本的なあらすじは、予告トレイラーでも分かるわけでもあるので。

10日前に見た記憶で書いているので、もしかしたら一部シーンの順序が違うかもしれません。

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映画は、基本的に主人公の少女の視点ですべてが描かれます。

映画の冒頭は、それなりに裕福であることが伺える家に住んでいる、5歳の少女の家族たちとの食事のシーンから始まります。少女の家のみならず、プノンペンの市街も大勢の人々の笑顔とモノで溢れています。
これから起こることを知っている観客としては、この時点ですでに心がざわざわします。

そしてTVでニュースが流れ、ほどなくクメール・ルージュの軍がプノンペン市内に入ってきます。
さらに「これから外国軍が来てここが戦場になる」という名目で、市民は全員強制的に疎開を命じられました。このときは「3日で戻れる」という触れ込みでした。
同時に疎開する方とは別に、一部の方が軍人らに追い立てられ怒号を浴びせられながら一ヵ所に集められたりもしていました。あくまで少女の視点なので、彼らが最終的にどうなったのかは映画では描かれません(背景を知っている方であれば、もちろん分かってますね)。

そして父が旧政府の役人であったというクリティカルな事実があったことから、父は身分を偽りつつ家族で疎開することになり、これにはいちおう成功しました。
多くの市民がぞろぞろと徒歩で疎開ルートを歩くなか、トラックに全員を乗せて移動する少女の家族でした(=裕福さの表現)が、やがてほどなくそのトラックは軍に徴発され、少女の家族も徒歩で移動することになりました。

さらに軍による検問がありました。検問の過程で、知らない男が泣き叫び哀願しつつ軍に引き立てられていきます。どうやら旧政府の関係者のようでした。父も正体がばれたら同じ目に遭うのでしょう。
そして家族の検問では、担当の軍人が父の腕時計に気がつき、それを嫌も応もなく没収します。もちろん父には反論や抵抗などできず、言われるままに差し出します。そして腕時計を手にした軍人はにやりと笑って「いい時計だな」のひとこと。「ぜったいコレって、コイツが自分の懐に入れて私腹を肥やして終わるだけやがな!」と観客がよく分かる腐敗ぶりの演出でもあります。
そして家族は検問を通過したものの、再びぞろぞろと歩く矢先の少女の耳に「ターン!」という銃声が1発聞こえ、大勢の鳥がばたばたばたと飛び去るシーン。何も説明やそれ以上の描写はないものの「あ、さっきの男が殺されたんだな」ということが誰にでもよく分かる演出。「こいつらは平気でひとを殺す奴らだ」ということもよく分かる演出。

この映画、あくまで主人公の少女の視点ですべてが語られるのですが、こういう見えない所で起こっていることを観客に分からせるための演出がものすごく巧みだと思いました。
クメール・ルージュがカンボジアでやったことを予備知識として知ったうえで観るのが普通でしょうけど、そのへんをあるいは何も知らずに見ても、物語に入ることは普通にできると思います。

そして再度の移動。父に子供が「ねぇ3日で戻れるって言ってたよね?」とか愚痴るシーンに、心が締め付けられます。それはパパを責めてもどうにもならないことなんや…。

道を行く一行の前に、向こうからロバ車を引く男。主人公の伯父のようでした。徒歩移動からロバの引く車に乗ることもできて、少しだけ明るい展開に。
しかし伯父の村で久しぶりに屋根の下で眠れた少女の耳に、父と伯父の会話が耳に入ります。この村はクメール・ルージュ派であり、村に住むには村長の許可が居るが父の過去がばれたら危険、ということでした。
翌朝、家族は再び村を出て移動することになりました。

一応は遠い祖母の村を目指すというプランもあったようでしたが、結局は果たせず、家族はクメール・ルージュの運営する村に入ることになりました。もちろん父は身分を偽ります。
入村に伴い、基本的には私有財産の否定というクメール・ルージュの教義のもと、父の財布の中の現金すべてをはじめ、ほとんどの服や私物は入り口で没収されました。冒頭から心を締め付けられながらだんだんと色々なものを失っていった家族の旅は、ここですべてのモノを失ったことで一応の終着点に達したわけですね。

入村に伴い、まずは自分たちの家を建てることからスタートし、そしてここからは強制労働の農業生活がスタートすることになるわけです。もちろん5歳の主人公にも重労働が課されることになります。

ただしそこに入る前に重要なシーンがあるので、このことにも触れなければなりません。
村での集団生活を始めるに伴って、指示された母親に命じられるまま、主人公らは自分たちのすべての衣類を濃緑色に染めることになるのでした。主人公のお気に入りだった服も、嫌々ながら濃緑色に。
ここで少女による冒頭でのプノンペン市での回想が入ります。赤や白や黄色や、色とりどりの衣服や食べ物に囲まれた笑顔の絶えない街並み。
もちろんこれは「それらはもはや失われた」ことを意味するわけですが、クメール・ルージュはすべてのモノだけでなく色彩までも奪ったというのがここでのポイントですね。
これからしばらく、全員が同じ濃緑色の服を着て、同じ紅白チェックのタオル(これは支給されたのでしょう)を巻いて集団農業労働にいそしむシーンが続きます。あぜを掘るとか、田植えとか。

あと、粗末な食事(皿に薄く盛られるだけのスープ)とか、5人の姉妹の年長組が別のキャンプに移されたりとか、姉が病気(食中毒らしい)で死ぬというエピソードが続きます。
姉の病死は、最初にそれを知らされた主人公が、医療テントのベッドに寝ている姉とそれを泣きながら看護する母のシーンを見た少し後で、今度は農作業中の主人公が遠目に作業中の母を発見→母に誰かが近寄ってきて耳打ち→泣き崩れる母、という例によって「控え目に直接描写は避けるが何があったか分かる」演出です。

そしてある日(休日でしょうか)、家で過ごす家族の前に軍人2人が、父を呼びつけます。
「仕事を依頼したい」という触れ込みでしたが、相手の雰囲気からその意味するところを悟った父は、主人公や母との別れをしばし惜しんでから、せきたてる軍人2人と一緒に家からとぼとぼと歩いて森のほうへ去りました。その後ろ姿が、主人公が最後に見た父の姿であった…というわけですね。

その後で、主人が見る「悪夢」として、父が軍人に殺されるシーンというのが流れます。もちろんそんなものを主人公が実際に目撃したわけはないので、これは主人公の想像あるいは悪夢だということなのでしょう。
やや蛇足目なシーンと思えなくもないですが、まあ事実も多分そうなのでしょうし、主人公がそういう想像をしたのは事実、ということで。

娘と父を失った母は、子供たちをこの村から逃がすことを決意したため、ある夜に主人公と兄と姉の3人に、ここから3人は別々の方向に逃げろ、孤児と偽って孤児キャンプに入れという指示を出します。支度(家族の写真を持つなど)をして夜に村を出る3人。
途中の分かれ道で兄と別れ、姉と孤児キャンプに入る主人公。なおこの時点で主人公が7歳、つまり2年経過していることが明かされます。

このキャンプももちろんクメール・ルージュの支配下にあるわけですが、前の村よりはだいぶ裕福であり(食事の量が明らかに多いという演出あり)、また教育なども行われていました。
そしてその後、主人公は少年兵を育成するキャンプに移されることになりました。
ここから主人公が軍隊の教練を受けるシーンになり、槍で人形を突いたり、銃の扱い方を覚えたり、トラップの仕掛け方を教わったり、地雷の埋め方を教わってそれを実際に敷設したりすることになります。かなり優秀な軍人として成長しているように見えます。
思わず「えええええ」と思うような展開で、なんか別の映画を観ているような気分でした(でも事実なんだよねこれ)。

それから主人公は休暇を貰ったらしく、来た道を戻ってかつての村に戻ったものの、村全体が荒廃しており、かつての自分の家にも母と幼い妹は居ませんでした。残っていた近所の人によれば、どこかに連れていかれたそうでした。かつて持っていた人形だけが家に残されていました。

そしてある夜、主人公たちの少年兵キャンプがベトナム軍の夜襲を受けます。キャンプを捨てて散り散りになっていく主人公たち。しかしそんな混乱の中で、姉と、そして別れた兄とも再会できました。
正直このときは「生きてたんか、兄ちゃん!」と思いました。

3人はそのまま、他の難民とともに、ベトナム側の難民キャンプへ入りました。主人公も難民キャンプの子供たちに混ざって、強制労働も軍事教練もない、笑顔で遊ぶ子供としての生活を送ることになりました。

(ここからが映画のクライマックスと言える展開です)

しかし今度は、昼日中にそのベトナム難民キャンプがクメール・ルージュ軍の襲撃を受けることになりました。もちろん武器を持つわけでもない主人公も、他の子供たちと一緒に逃げるだけです。
そして撃たれてばたばた死ぬ周囲の子供たち。そして主人公は、こちらに向けて銃を構える少年兵の姿を遠目に見ます。ちょっと運命の歯車が違えば主人公もあっち側に居たのだということを思わせないわけにはいかない、胸を締め付けられる演出です。

そして主人公は銃撃を避けて走って森に入るのですが、ふと、あることに気がついて足を止める主人公。
そしてそろそろと足元を確かめながら一歩ずつ歩く主人公。
そう。ここにはクメール・ルージュが地雷を仕掛けている可能性が高い…というか実際に仕掛けていたのでした。

ここから続くシーンの壮絶さは、悪い言い方をすれば「この映画の最大の見せ場」と言えなくもないので、是非ともご自分で観ていただきたいとは思います。
(↓ネタバレ部分は、テキストの色を変えてあります)

まあネタバレしてしまえば「ゆっくり一歩ずつ歩く主人公からカメラがズームアウトしていくと、そこでは周囲の人間が走りながら次々と地雷を踏んでのたうち回る地獄絵図」が展開されるのでした。

そして死地を脱した主人公は、無事に再開できた兄や姉と、別の難民キャンプに入りました。

主人公はキャンプで捕らえられたクメール・ルージュの兵士が群衆に殴られているのを目撃したり(ただしリンチ殺人には至らなかったようでした)、キャンプの医療テントで出産が行われるのを目にします。
そしてまた、さらに先立って分かれていた上の兄2人とも再開できました。
全般に「未来への希望」を感じさせる流れで、この映画もエンディングに向かいます。

そしてラストシーンは、何十年かが経過して、寺院の前で祈りを捧げている中年女性になった主人公と4人の兄姉たちというシーンで終わります。

※このカットの女性は、実際の原作の著者、つまり体験した本人が出演したらしいですね。

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…という映画でした。2時間超えの映画でしたが、観る者にストレートに響いてくる造りに、観る価値はあったなと思いました。やるな、アンジー監督。
ここまで読んで興味を抱いた方には、お勧めできると思います。
劇場公開でなくNetFlixで観られるようです。

あと、エンディングクレジットによれば、日本語吹替版が存在しているようですね。
※もちろんミャンマーで売っている海賊版DVDにはそんなものは収録されておりません。







さいごに。


映画紹介のページなどで、この映画が「ホラー」映画のカテゴリに分類されているのを目にして「…いや、さすがにちょっと違うんじゃね?」という気持ちでいっぱいになりました(笑)。